2015年05月|音泉日記~音楽の温泉~

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バードマン~マクドナルド・アンド・ジャイルズ

ワーナー・ミュージック・ジャパンが、プログレッシヴ・ロック生誕45周年記念と題して、1枚1300円で50枚のラインナップを揃えました。
ProgressiveRock1300Collection
EMIやパーロフォンのカタログをワーナーが吸収することとなり実現に至ったプロジェクトで、ジェントル・ジャイアント(Gentle Giant)、ルネッサンス(Renaissance)、エレクトリック・ライト・オーケストラ(Electric Light Orchestra)、ヴァンゲリス(Vangelis)、カーブド・エアー(Curved Air)、それに、ジョン・アンダーソン(Jon Anderson)や、スティーヴ・ハウ(Steve Howe)、クリス・スクワイア(Chris Squire)、アラン・ホワイト(Alan White)といったイエス(Yes)のメンバーの作品も含まれています。
プログレッシヴ・ロック生誕45周年といいますが、プログレッシヴ・ロックという言葉が初めて使われたのは1970年に発売されたピンク・フロイド(Pink Floyd)の[原子心母(Atom Heart Mother)]の日本盤のタスキに「ピンク・フロイドの道はプログレッシヴ・ロックの道なり!」というコピーで、当時の東芝EMI担当ディレクターであった石坂敬一が名付けたものとのことです。現在、「progressive rock」は英語としても普通に使われ、省略形は「prog-rocck」となります。
プログレッシヴ・ロックが音楽シーンに姿を現したのは、キング・クリムゾン(King Crimson)がローリング・ストーンズ(The Rolling Stones)のブライアン・ジョーンズ(Brian Jones)追悼コンサートの前座として1969年7月ハイド・パークで衝撃的なデビューを飾った時と言われています。そして、全英5位を記録したデビューアルバム[クリムゾンキングの宮殿(In The Court Of The Crimson King)]が1969年10月10日にリリースされますが、全米ツアー中に内部分裂をしてしまい、グレッグ・レイク(Greg Lake)は、キース・エマーソン(Keith Emerson)、カール・パーマー(Carl Palmer)と、エマーソン・レイク・アンド・パーマー(Emerson, Lake & Palmer)を結成し、イアン・マクドナルド(Ian McDonald)とマイケル・ジャイルズ(Michael Giles)は、マクドナルド・アンド・ジャイルズ(McDonald And Giles)となり、ロバート・フリップ(Robert Fripp)とピート・シンフィールド(Pete Sinfield)だけとなってしまいます。オリジナルメンバーが2人となった King Crimson の1970年は、新たにメンバーを追加した上でゲストミュージシャンも活用し、5月に全英4位となるセカンドアルバム[ポセイドンのめざめ(In The Wake Of Poseidon)]、12月には全英26位のサードアルバム[リザード(Lizard)]のリリースをする1年となります。
Emerson, Lake & Palmer は1970年6月に結成を発表し、12月にグループ名を付けたデビューアルバム[エマーソン・レイク・アンド・パーマー(Emerson, Lake & Palmer)]をリリースし全英4位を記録し、翌年発表のセカンドアルバム[タルカス(Tarkus)]は全英1位となり、プログレッシヴ・ロックを代表するバンドになっていきます。
McDonald And Giles も1970年11月に[マクドナルド・アンド・ジャイルズ(McDonald And Giles)]というアルバムをリリースしますが、彼らはこの1枚だけで解散してしまいます。
プログレッシヴ・ロックという名前のトリガーとなった Pink Floyd は、1967年にシド・バレット(Syd Barrett)を中心にサイケデリック・ロックバンドとして結成されていますが、1968年3月に Syd Barrett が脱退した後、音楽性を変化させていき、1970年10月の[原子心母]でプログレッシヴ・ロックの扉を開け、このアルバムは初登場で全英1位を記録します。
Yes は、King Crimson と同じく1969年にアルバムデビューをし、1970年にはセカンドアルバム[時間と言葉(Time and a Word)]を発表しますが、全英のチャートでは45位という成績でした。しかし、その後は全英1位となるアルバムを2枚もリリースするという、プログレッシヴ・ロックを代表するバンドになります。
McDonaldAndGiles_CD
McDonald And Giles のアルバムでは、ギターにサックス・フルート・クラリネットなどを担当する Ian McDonald と、ドラムス担当の Michael Giles に加え、Michael Giles の弟であり、King Crimson の前身のバンドであるジャイルズ・ジャイルズ・アンド・フリップ(Giles Giles And Fripp)のメンバーであったピーター・ジャイルズ(Peter Giles)もベーシストとして参加しています。他には、トラフィック(Traffic)というバンドの中心メンバーであるスティーヴ・ウィンウッド(Steve Winwood)もキーボードで協力しています。アルバムの製作は、Michael GilesPeter GilesKing Crimson のレコーディングに呼ばれたため、アルバム[ポセイドンのめざめ]が出来上がりを待って始まりましたが、Robert Fripp が[マクドナルド・アンド・ジャイルズ]と[ポセイドンのめざめ]を“二度と作ることのできない一枚のレコードの片面ずつ”と考えているといい、両方のレコーディングを経験した Michael Giles は“その両面を発展させ、いっしょにまとめ上げて、より素晴らしいものを作り上げる”べきと語っているように、テイストがよく似たものとなっています。ただ、 [マクドナルド・アンド・ジャイルズ]には[ポセイドンのめざめ]の2曲目の「冷たい街の情景(Pictures Of A City)」といったヘビーなナンバーは含まれていません。

マクドナルド・アンド・ジャイルズ

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収録曲
1.組曲ハ長調 - Suite In C
 including Turnham Green, Here I Am and Others
2.アイビスの飛行 - Flight Of The Ibis
3.イズ・シー・ウェイティング - Is She Waiting
4.明日への脈動 - Tomorrow's People (The Children Of Today)
5.バードマン - Birdman
 involvong The Inventor's Dream (Once Upon A Time)
      The Workshop
      Wishbone Ascension
      Birdman Flies
      Wings In The Sunset
      Birdman (The Reflection)

組曲ハ長調」は、Ian McDonald が恋人シャーロット・ベイツ(Charlotte Bates)との出会いを歌ったものです。Turnham Green というのはロンドンの地下鉄の駅の一つで、地下鉄車内で Ian McDonald が一目惚れをした少女 Charlotte Bates が下りた駅の名前です。忘れることができずに連絡をくれるよう新聞広告を出したところ、会いに来てくれ、その2~3週間後には同棲を始めたということです。ちなみに、アルバムジャケットの裏面で寄り添っている2人が Ian McDonaldCharlotte Bates で、表面は Michael Giles と奥さんのメアリー(Mary)の2ショットです。
アイビスの飛行」は、[ポセイドンのめざめ]の3曲目「ケイデンスとカスケイド(Cadence And Cascade)」の原曲といわれている曲です。1969年5月に King CrimsonPete SinfieldIan McDonald の曲をリハーサルしていましたが、バンドの分裂により詞は Pete Sinfield が、曲は Ian McDonald が持ち去り、あらためて BP Fallon に作詞してもらったものです。「ケイデンスとカスケイド」との聴き比べが楽しい1曲です。
イズ・シー・ウェイティング」は、King Crimson として全米ツアー中の Ian McDonald が独りイギリスで帰りを待っている Charlotte Bates を想って作った曲です。しかし、アルバム発表後に Charlotte BatesIan McDonald のもとから去り、彼はセラピーを受けるほど憔悴してしまうのでした。
明日への脈動」は、Michael Giles の手によるもので、1967年の頃に原形ができていて、King Crimson としてリハーサルもしていたそうですが、ライブで披露されることはなかったそうです。この曲では、Michael Giles の旧友マイケル・ブレイクスリー(Michael Blakesley)がトロンボーンで参加しています。
バードマン」は、このアルバムを代表する組曲で6つのパートで構成されており、また、メロトロンではなく本物のストリングスを用いています。1968年には出来上がっていた曲で、Pete Sinfield の空を飛ぶことへの憧れを表現した詞に Ian McDonald が様々な曲調を盛り込みつつも聴きやすく印象的なメロディーに仕上げています。この曲について Robert Fripp は“この曲がクリムゾンのセカンドアルバムの中心的な曲になることを望んでいた”と語っているようです。
McDonaldAndGiles_COVER
意欲的な作品であり仲間内での評価は高かったものの、プロモーションは効果的ではなくツアーも行なわれず、製作費を回収できるほどのセールスにはならなかったため、次のアルバムが作成されることなく、ユニットは解消してしまいます。1974年に、Ian McDonaldKing Crimson のアルバム[レッド(Red)]にゲストミュージシャンとして参加し再加入する話もありましたが、King Crimson は解散してしまいます。1977年になると、ミック・ジョーンズ(Mick Jones)、ルー・グラム(Lou Gramm)らとともにフォリナー(Foreigner)を結成しますが、アルバム3枚作成後に脱退してしまいます。Michael Giles は長らくセッションドラマーとして活動を続けますが、1999年の Ian McDonald のソロアルバム[ドライバーズ・アイズ(Drivers Eyes)]に参加します。その後、2002年に Ian McDonaldMichael Giles は、Peter GilesKing Crimson のメンバーであったメル・コリンズ(Mel Collins)、それにジャッコ・ジャクスジク(Jakko Jakszyk)を加えたメンバーで、クリムゾンナンバーを演奏する21stセンチュリー・スキッツォイド・バンド(21st Century Schizoid Band)を結成します。しかし、Michael Giles は2003年に脱退してしまい、後任のドラマーとして元 King Crimson メンバーのイアン・ウォーレス(Ian Wallace)が加入しますが、2007年2月に食道癌により逝去し、21st Century Schizoid Band は活動停止となります。ちなみに、Jakko Jakszyk の奥さんは、Michael Giles の娘アマンダ・ジャイルズ(Amanda Giles)であり、そして、Jakko JakszykMel Collins は新生 King Crimson に加入することになります。
McDonaldAndGiles_JACKET



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tag : キング・クリムゾン

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