インヴィジブル・タッチ~ジェネシス|音泉日記~音楽の温泉~

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インヴィジブル・タッチ~ジェネシス

Genesis のアルバム[インヴィジブル・タッチ(Invisible Touch)]が、日本経済新聞2018年6月27日夕刊の『プログレの軌跡』という記事で採り上げられました。『プログレの軌跡』は、文字通りプログレッシヴロックの経緯についての4週連続記事で、キーボーディストであり東京音楽大学の教授でもある難波弘之さんが執筆されたものです。the Beatles の[サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド(Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band)]に始まり、Pink FloydKing CrimsonEmerson Lake & PalmerYes についての記事に続いて、最終回の4回目で Genesis に触れています。

Genesis は、1967年にイギリスのエリート校であるパブリックスクール「チャーターハウス校」の同級生であった Peter Gabriel (ヴォーカル) Anthony Phillips (ギター) Mike Rutherford (ベース) Tony Banks (キーボード) Chris Stewart (ドラムス) が結成した5人編成のバンドで、学校の先輩にあたる人気プロデューサーの Jonathan King により、デッカレコードから1968年2月にシングル「死せる太陽(The Silent Sun)」でデビューします。
翌年3月にはファーストアルバム[創世記(From Genesis To Revelation)]を発表しますが、当時アメリカに同じ名前のバンドが存在していたことでバンド名を記載できなかったり、プロデューサーである Jonathan King に迎合してポップ色が強い作風となったり、といったことから評価を得るには至らず、デッカレコードとの契約が終わります。

そこで、メンバーは自分たちのアイデンティティを確認し、フロントマンであるヴォーカリスト Peter Gabriel の個性が感じられる演劇的要素のある構成の複雑なアートロックへと舵を切ります。
バンドメンバーはドラムスが交代し、ファーストアルバム作成中に同級生であった John Silver へと代わりますが、アルバム制作後に大学進学を理由に脱退することになり、メンバー公募で John Mayhew が加入します。その頃、プログレッシヴロック・バンドである Rare Bird と共演し、彼らが所属していたカリスマレコードと契約をして、1970年にセカンドアルバム[侵入(Trespass)]を作成します。このアルバムは、AB面ともに3曲ずつの計6曲収録で、電子楽器(メロトロン・オルガン)に12弦ストリングギターが絡む緊張感のある複雑な構成の楽曲が並ぶもので、その後の Genesis のベースとなるプログレッシヴロック的なアプローチが感じられる作品です。

このアルバム完成後、ギタリストの Anthony Phillips が健康上の理由ということでバンドを去り、ドラマーの John Mayhew はテクニック的に問題ありとして抜けることになります。その後任として加入してきたのが、Steve Hackett (ギター)と Phil Collins (ドラムス)の2人で、いわゆる黄金ラインナップができあがります。

・ピーター・ガブリエル(Peter Gabriel) - Vocal & Guitar
・マイク・ラザフォード(Mike Rutherford) - Bass
・トニー・バンクス(Tony Banks) - Keyboard
・スティーヴ・ハケット(Steve Hackett) - Guitar
・フィル・コリンズ(Phil Collins) - Drums & Vocal

このメンバーで作成したのが、1971年のサードアルバム[怪奇骨董音楽箱(Nursery Cryme)]で、ストーリー性のあるコンセプトアルバムとして作られており、プログレッシヴロック・バンドとしての評価を確立します。全英チャートでは前作が98位でしたが、こちらは39位まで上がり、イタリアでは4位となります。
続く、1972年の4枚目のアルバム[フォックストロット(Foxtrot)]は23分の大作「サパーズ・レディ(Supper's Ready)」を含む作品で、King Crimson から譲り受けたというメロトロンにより叙情性と演劇性が醸し出された初期 Genesis の傑作といわれており、全英チャート12位となります。
1973年にリリースした5枚目のアルバム[月影の騎士(Selling England By The Pound)]はメロディカルでシンフォニックな作風となり、全英チャートでは3位を記録し、2曲目「アイ・ノウ・ホワット・アイ・ライク(I Know What I Like (In Your Wardrobe))」はシングルカットされて21位となっています。
6枚目のアルバムとなる1974年の[眩惑のブロードウェイ(The Lamb Lies Down On Broadway)]は全英チャートで10位となった2枚組のコンセプトアルバムですが、Peter Gabriel 主導で作成されたもので、バンド内の摩擦を生んでしまったため、このアルバムを以て Peter Gabriel は脱退し、ソロ活動を始めることになります。

ヴォーカリストがいなくなったことからオーディションを行なうものの適任が見つからず、Phil Collins がドラムスだけでなくヴォーカルも担当することになります。それまで Genesis でのリーダー役は Peter Gabriel でしたが、Phil Collins を中心とするバンドへとなり、リズム感が意識されAOR色が強まっていきます。
1976年リリースの7枚目のアルバム[トリック・オブ・ザ・テイル(A Trick Of The Tail)]は、Phil Collins がヴォーカル担当になったことから、サポートドラマーとして、Bill Bruford が協力した作品で、スケール感があり叙情性あふれるメロディアスなサウンドに仕上がっています。全英チャートで3位、全米チャートでも31位となり、4人編成の Genesis が評価された形です。
同じ年に発売した8枚目のアルバム[静寂の嵐(Wind And Wuthering)]も、[トリック・オブ・ザ・テイル]のティストを継承し、キーボードが主体となったドラマティックでシンフォニックなサウンドが展開する作品で、全英チャートでは7位でしたが、全米チャートでは26位になっています。しかし、このアルバムを最後に Steve Hackett が脱退してしまいます。

3人となった Genesis はメンバーの補充をせず、ギターパートは Mike Rutherford が兼ねる形にして、1978年に[そして3人が残った(...And Then There Were Three...)]というタイトルのアルバムを発表します。このアルバムでは今までよりもポップス色を強めた短めの曲で構成されており、シングルカットされた「フォロー・ユー・フォロー・ミー(Follow You Follow Me)」は全英チャート7位、全米チャートでも23位となり、アルバムも全英チャート3位、全米チャートは14位を記録します。
この後の Genesis は3人編成のバンドとして活動をしていくこととなりますが、当時の音楽の流行に合わせるかのようにサウンドを変化させていくことになります。
1980年発売のアルバム[デューク(Duke)]は初めて全英チャート1位となった作品で、ドラムマシンを使用されており、ポップソングで彩られた感がありますが、アルバムの最後は組曲風の楽曲も用意されています。シングルカットされた「ターン・イット・オン・アゲイン(Turn It On Again)」は全英8位(全米は58位)、「ミスアンダースタンディング(Misunderstanding)」は全米14位(全英42位)となっています。
この頃、Tony BanksMike Rutherford はソロアルバムをリリースし、Phil Collins も、Brand X に参加してジャズやフュージョンを演奏するほか、全英チャート1位、全米チャート7位となるソロアルバム[夜の囁き(Face Value)]を発売するなど、個々の活動を始めており、そのティストが Genesis にフィードバックされるようになります。
1981年に発表したアルバム[アバカブ(Abacab)]も全英チャート1位となり全米チャートでも7位を記録します。シングルとなった「ノー・リプライ・アット・オール(No Reply At All)」には、Earth, Wind & Fire のホーン・セクションが参加するなど、よりポップ志向が強くなった印象です。
その後、3人ともソロアルバムを発表しますが、1982年発売の Phil Collins のセカンドアルバム[心の扉(Hello, I Must Be Going!)]は、全英チャート2位、全米チャート8位となります。
1983年になると、バンド名をタイトルにしたアルバム[ジェネシス(Genesis)]を発表し、全英チャートでは3作連続での1位獲得となり、全米チャートも9位になります。各メンバーのソロ活動が活発になったことをふまえ、原点回帰を意識したアルバムとしてバンド初期の怪奇性や叙情感を加味した楽曲を作り、「ママ(Mama)」全英4位(全米73位)、「ザッツ・オール(That's All)が全米6位(全英16位)といったシングルヒットが生まれています。
1984年になると、Phil Collins のシングル「見つめて欲しい(Against All Odds(Take A Look At Me Now))」が映画『カリブの熱い夜』の主題歌となり全米1位(全英2位)を記録する大ヒット曲となり、続いてリリースした Philip Bailey とのデュエット曲「イージー・ラヴァー(Easy Lover)」は全英1位(全米2位)、その次のシングル「ワン・モア・ナイト(One More Night)」が全米1位(全英4位)になります。翌1985年にリリースしたサードアルバム[フィル・コリンズIII(No Jacket Required)]は全米全英ともに1位となり、シングル「ススーディオ(Sussudio)」もまた全米1位(全英12位)を記録し、Phil Collins はNo1ヒットメーカーとして絶頂期を迎えます。

そして、1985年に[インヴィジブル・タッチ]をリリースします。3人体制となった Genesis が進めてきたポップロック(プログレッシヴ・ポップ)の頂点を極めたアルバムで、全英チャートでは4作連続の1位となり、全米チャートは最高位となる3位を記録し、世界で1500万枚を売上げるという大ヒットになりました。

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1. Invisible Touch - インヴィジブル・タッチ
2. Tonight, Tonight, Tonight - トゥナイト、トゥナイト、トゥナイト
3. Land Of Confusion - 混迷の地
4. In Too Deep - イン・トゥー・ディープ
5. Anything She Does - エニシング・シー・ダズ
6. Domino - ドミノ
-1. In The Glow Of The Night - 静寂の夜
-2. The Last Domino - ザ・ラスト・ドミノ
7. Throwing It All Away - スローイング・イット・オール・アウェイ
8. The Brazilian - ザ・ブラジリアン

タイトルチューンである「インヴィジブル・タッチ」は、シンセドラムのビートに踊るアメリカンな明るく軽快なポップソングになっており、シングルカットされて Genesis 初で唯一の全米チャート1位を獲得しています。全英チャートでは15位でした。ちなみに、Genesis のシングルでの全英最高位は「ママ」の4位です。
トゥナイト、トゥナイト、トゥナイト」は、9分弱もあり間奏部分をしっかり聴かせようというプログレバンドらしい構成ですが、サビの部分はキャッチ―なメロディーで曲タイトルを歌っています。この曲は5枚目のシングルカット曲になり、全米3位となっています。
混迷の地」は、デジタルビートでリズムを強調したアップテンポな楽曲で、3枚目のシングルカットとして全米4位になっています。また、政治家を風刺したかのようなパペット人形によるミュージックビデオが、グラミー賞で最優秀コンセプト・ミュージック・ビデオ賞を受賞しています。
イン・トゥー・ディープ」は、しっとりしたバラード曲で Phil Collins のソロアルバムに収録されていても違和感のないような印象です。4枚目のシングルとしてリリースされ、全米3位になっています。
エニシング・シー・ダズ」になると、ホーンセクションのパートがあるアップテンポのロックサウンドを聴くことができ、ドライブミュージックになりそうな楽しく軽快なナンバーです。
ドミノ」は2部構成の組曲となっていますが、それぞれ単独の曲としても聴くことができるものです。「静寂の夜」の方は、Phil Collins がしっかりと歌い上げるバックで Tony Banks のシンセが彩りを与える形ですが、「ザ・ラスト・ドミノ」になるとリズムアップし力強さを感じさせるロックナンバーへと移っていき、途中のシンセソロを挟んでダイナミックにクライマックスに向って盛り上がっていくスタイルになっています。
スローイング・イット・オール・アウェイ」はAOR風のソフィスティケイテッドされたロックで、Phil Collins が持つサウンド感がいっぱいの楽曲で、このアルバムでは最後のヴォーカル曲になります。2枚目のシングルカット曲となり、全米4位になっています。
ザ・ブラジリアン」は、エフェクトが多用された実験的な試みをしているインストゥルメンタル・ナンバーですが、メロディラインをしっかりと奏でており、シンフォニックな構成を得意とするプログレッシヴロックバンドであることを主張しているかのようです。

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Genesis の次のアルバムは1991年の[ウィ・キャント・ダンス(We Can't Dance)]で、6年近く間隔が空きます。アルバム[インヴィジブル・タッチ]が大ヒットとなり5曲もシングルカットしていたこともありますし、Phil Collins が4枚目となるソロアルバム[バット・シリアスリー(…But Seriously)]を1989年にリリースし、全米チャートと全英チャートでともに1位を獲得したことも影響しているかもしれません。Mike Rutherford も自身のバンドである Mike + The Mechanics で活動しており、シングル「リヴィング・イヤーズ(The Living Years)」で全米チャート1位を獲得していますし、Tony Banks もソロ活動を行なっています。
アルバム[ウィ・キャント・ダンス]は、ポップチューンは影をひそめ、叙情性や間奏でのアレンジの多様性など Genesis らしさが感じられるプログレサウンドになりましたが、全英チャートでは5作連続の1位となり全米チャートでも4位となっています。シングルカットは全英全米ともにリリースしたものは4曲になりますが、「ノー・サン・オブ・マイン(No Son Of Mine)」が全米6位全英12位、「アイ・キャント・ダンス(I Can't Dance)」が全米全英とも7位で、「ホールド・オン・マイ・ハート(Hold On My Heart)」は全米16位全英12位、「ジーザス・ヒー・ノウズ・ミー(Jesus He Knows Me)」は全米20位全英23位でした。そして、1996年に Phil Collins が脱退をしてしまうので、[ウィ・キャント・ダンス]は3人体制 Genesis の最後の作品となってしまいます。

残された Mike RutherfordTony Banks は、後任のヴォーカリストとして Ray Wilson を迎えて、1997年にアルバム[コーリング・オール・ステーションズ(Calling All Stations)]を作成します。全英チャートは2位となりましたが、全米チャートは54位とふるわず、Ray Wilson は脱退してしまい、そして Genesis は1998年に活動を停止します。

1999年にリリースしたベストアルバム[ジェネシス・ベスト・アルバム(Turn It On Again : The Hits)]では、黄金期メンバー5人によるレコーディングが行なわれましたが、再結成までは至りませんでした。
ところが、2006年11月に Phil CollinsTony BanksMike Rutherford の3人による活動再開とヨーロッパツアーが発表され、2007年5月より「ターン・イット・オン・アゲイン・ツアー」が行なわれて、ライヴ・アルバム[ライヴ・オーヴァー・ヨーロッパ2007(Live over Europe 2007)]がリリースされました。このまま、Genesis は存続していくと思われましたが、2008年に Phil Collins が脊髄手術の後遺症によりレコーディングやライブ活動からの引退を表明します。これにより3人体制 Genesis の活動は不可能となり、解散宣言のないまま事実上のバンド終了状態となってしまっています。




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